皆さんは児童養護施設と聞くとどんなイメージを持たれますか?保護者がいない、保護者あっても事情があって同居できない18歳未満の児童を保護する施設です。この話は養護施設のすぐ近くにお寺を構える住職からうかがった話です。
住職は学生時代は野球に打ち込んでおり、近所の養護施設とは野球教室がきっかけで交流を持つようになったそうです。そんなある日、いつものように野球教室を終え帰り支度をしているとき職員の女性に声をかけられました。
「あの、子供たちのことでご相談しても構いませんか?」住職は、こころよくもちろん!と答えました。
「低学年の児童たちがオバケがでると噂をして、ちょっと不安がっているんです。」
住職はオバケ、霊障やら祟りのたぐいには懐疑的なスタンスでした。これは思春期を前にした子供たちにある変化ではと思い、職員の女性に、施設で最近何か変わったことはありませんでしたか?と尋ねました。職員さんは「そうですね…、ご住職にもお世話になりましたユウくんのことですね…」と言いました。
ユウくんは5歳の男の子、両親を交通事故で失って頼れる親戚もいなかったので1年前からこの施設に入所していました。元々心臓が弱かったこともあり2週間前にその短い人生を静かに終えて、住職が弔ったのを忘れるはずがありません。同じ部屋の子供たちは特にショックから不安をオバケというイメージに投影しているのでしょう。
「もしよろしければカウンセラーを手配しますよ」と住職が言うと、職員さんは「私もそう思っておりました、ただ昨日あまりに子供たちが怯えるので同じ部屋で私も床に就いたのですが…」言いにくそうに言葉を続けます。「不思議なことを私も目の当たりにしました」
そのとき子供たちが住職のもとに駆け付け「コーチ!お金ドロボーのオバケでるんだよ!本当だよ!」と口々に騒ぎ立てました。詳しく話を聞くと、件の部屋は4人部屋でユウくんが亡くなったので今は3人の児童が生活をしているとのことでした。夜になると子供たちの貯金箱やお小遣いをいれていたペンケースがカタカタ音を立てて動き出すと言うのです。
子供たちだけでなく職員さんもそれを目の当たりにしている。これは情緒不安だけではないと思ったのと、子供たちの不安そうな顔を見て住職は「今晩私がその部屋に泊まりましょう」そう言って寺に戻り、部屋に壇をこしらえ子供たちは別の部屋で寝かしつけました。
ささやくように読経をし続けましたがいつしかウトウトとまどろんでしまいました。その時です。“カランカランカラン…ザザザ”…金属音がします。ふと見ると子供の机の上にあるポケモンの絵がついた貯金箱が揺れています。“ザザザ…” 他の机の中からも小銭がぶつかるようなかすかな音が聞こえてきます。
小声で真言を唱えるも貯金箱は小刻みに揺れています。住職はふと思いつき、自分の財布から小銭を床に置きました。すると小銭はコトコト回転し始め、押し入れに向かって転がっていきます。そして押し入れにぶつかっては倒れを繰り返しています。
住職は不思議と怖いという感情はなく、意外と冷静でした。押し入れを開けると一組の布団がありました。亡くなったユウくんのものです。小銭は枕に向かって転がり倒れ動かなくなりました。住職は枕を取り出し、カバーを外しましたが何もありません。けれど枕のファスナーをあけて中をのぞいたとき、思わず小さな声が出ました。
髪の毛がギッシリ入っていたのです。おそるおそる中に手を入れると100円玉がいくつかでてきました。呆気にとられていると職員さんが部屋に入ってきて、枕とその中身を見るなり「うう…」と嗚咽を洩らしました。
聞くと施設では僅かな額ですがお小遣いを毎月与えていたそうです。子供たちは我先にお菓子やマンガを買うのにユウくんは一切買い物をしなかったそうです。「何かほしいものがあるの?」と聞くとはずかしそうに「お父さんとお母さんを買いたいの」と言ったそうです。そして爪や髪が伸びるのを不思議がっていたユウくんに「髪や爪は細胞って言うのからできているのよ」と教えて際に細胞って何?と聞かれ「細胞はね、人間の材料よ」と答えたそうです。「爪を切ったとき爪をほしいって言っていたのを思い出しました…」
住職はユウくんがお金で何を買おうとしたのか、髪や爪を集めて何をしようとしたのかを理解しました。父母がいること、当たり前のようなささやかな、本当にささやかな幸せを求めていたのか。そう思うと住職は合掌ではなく小さな枕を抱きしめていました。
後日亡くなった両親とユウくんを合わせて弔うことで施設の現象はなくなりました。住職は小銭の音を耳にするたび手を合わさずにいられない。そう私に語ってくれました。