奇妙な雑貨屋

奇妙な雑貨屋

 これは私の少し年下の知人から聞いた話だ。「小笠原さんはオカルトとか信じますか?」久々に酒席を共にしたとき、開口一番そう切り出された。「仕事柄どんな話でも色眼鏡をかけて見ることはないよ?」と言うと、彼は安心した顔で話し始めた。彼の従姉夫婦の家で起きた話で、10年ほど前のこと…。

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 僕には年上の従姉がいて、歳も近かったのでお姉ちゃんと呼んで仲良くしていました。従姉は結婚を機にマイホームを建てたんです。でもお祝いを持って遊びに行くと、何とも浮かない顔をしています。理由を尋ねると「引っ越しや旦那の単身赴任、環境の変化で疲れてるのかなあ、なんだか夢見が悪くて…」。じきに慣れるよ、と励ましてもあまりにもふさぎ込んでいて、話だけでも聞こうと思い夢の内容を尋ねました。従姉は「よく覚えていないんだけど…」と言いつつ、ポツポツと話し出しました。

 従姉が言うには、寝ようとすると部屋の中に何かがいる気配がする。夢なのか分からないけど身動きがとれない、けたたましい叫び声のようなものが聞こえる。身動きのとれない身体に何かが乗って、徐々にそれが重くなり息苦しくなって目を覚ます。間を覚ました瞬間今までに経験したことのないような異臭を感じ、気分が悪くなる。それが新居に引っ越してきてから2週間近くほぼ毎日だと。

 よくある金縛りや悪夢なら励まして帰ろうと思ったんですが、見るからにやつれて、手首もだいぶ細くなってるんです。お祓いとかは?と尋ねると、「地鎮祭はしたけど…旦那に話しても取り合ってくれない」とタメ息を着きます。彼女の悪夢が本当に霊的なものなのかは分からないけれど、このまま放っておいてはいけない気がして、改めて連絡をする約束をして家を出ました。

 その足でエスニック民芸店に足を運びました。以前かなり大きなラグを購入した店なんです。店主はちょっと神経質そうな男性で、髪の毛はドレッドというんでしょうか、ソフトクリームのように巻き上げていて。

 なぜその店に立ち寄ったか。ラグを購入したとき、店の奥を覗いたらきらびやかな装飾が施された金属の矢じりや剣のようなものが飾られていたからです。買う気はありませんでしたが異様な迫力に興味をそそられて、あれは売り物かと尋ねました。店主は「あれは儀式用だね。お客さんが除霊したいなら譲るよ」と言った。除霊…?冗談かと聞き返そうとしたんですがあまり聞いて冷やかしになってもと思って、持ちやすく梱包されたラグを持って店を出ました。

 …あの店主なら力になってくれるかもしれない。そう思って足を運んだんです。

 店に入ると様々な金具のドア飾りが鳴って、店主が出てきました。事の顛末を話すと、彼は腕時計を見て「18時か。今から行くかい?」と言います。あまりに急な展開に戸惑っていると、「実際に見ないことには話にならない。そうだろ?」…それもそうだと思い同行を頼みました。店主は店の奥へ行ったかと思う古びたスーツケース、厳密には取っ手のついた行李といった方が正しいものを携えました。

 連絡はしていたものの、従姉も急なことに戸惑っています。店主はおかまいなしに「失礼」と言うや否や部屋中を歩き出しました。一応もう一度この家で起こる怪現象について説明をしたんですが生返事で…。遅まきながら少し不安な気持ちになりました。

「いるな…」

 店主はそう言った瞬間、リビングの床に灰のような粉上の者をやおら大量にを撒きました。

「何するんですか!」

 できたての新居に灰を撒かれた従姉が当然のように声を上げます。

「あなたがたが見えてないものを祓うんだ。祓った後に実際はいなかったと踏み倒すの不逞のもいるんでね」

 料金について聞くのを忘れていたと思いながら灰を見つめていると、撒いたときの勢いか灰が舞い上がっています。でも奇妙で…舞い上がった灰がいつまでも収まらなくて、土埃のように舞っているんです。

「見えるかい?」

 従姉と顔を見合わせていると、店主はスマホを取り出し灰の写真を一枚撮りました。差し出されたスマホの画面を見ると、いくつもの模様が重なって見えます。拡大すると矢印の記号みたいでした。

「多分鳥だな…これ、鳥の足跡」

 舞い上がっている灰の中に目を凝らすと、足跡みたいな模様がついてはまた上に重なっていって。僕も従姉も唾をのむことすら忘れてました。

「何?何がいるんですか?」

 従姉がソファにしがみつきながら叫ぶように言います。

「鳥。種類は知らないよ。どうしますか?やります?祓い5万税別」

 税別で5万という金額が妥当なのかは分かりませんが、霊感商法で壺を買って100万円ってよく聞くじゃないですか…。だからわりと良心的なのかなと思いました。それと同時にお祓いの所得区分って何だろうとぼんやり思ったのを覚えてます。

「お願いします!」

 従姉は即答でした。店主は廊下に出て黒い上着を羽織り、先ほどのトランクを持って居間に戻ってきました。上着は山伏が着るようなもので、襟巻みたいな袈裟みたいなものは金属のパーツがついていて、言ってみればオリエンタル天狗といった風体でした。

 リビングのサッシを開け、まだ庭木もまばらな庭に向かって折り畳みの机を取り出します。そこに金属の仏具みたいなものをいくつか載せて、どかっと腰を下ろすと数珠を擦りながら歌うように何かを唱え出しました。…10分ほど経ったでしょうか、店主は「らちがあかないな」と言いながら立ち上がって、行李から何かを取り出しました。

 それが、髑髏に金属や装飾が施された不気味なオブジェで…。本物の骨かな…?店主は仏具を雑に左右に分け、真ん中に髑髏を置いて立ったまま、

「スワーハ―!」

 そう叫んだ瞬間、居間の灰が音を立てて舞い上がり、サッシの外に煙のように出ていくんです。カチカチとフローリングの床を叩くような音も聞こえました。風が舞い込んだわけでもないのに灰はほとんど外に出ていきました。従姉と二人で度肝を抜かれギャアギャア叫んだ気もするんですが、店主は意に介さず「はい終わり。領収はいりますか」と上着を脱ぎ、慣れた手つきで片づけをしながら言いました。領収書を見てはじめて店主の名前、店の名前を知りました。あの髑髏のことは…聞ける雰囲気じゃなかったですね。

「敷地にはもう戻ってこないとは思うけど、庭の井戸はちゃんと祀るなり仕舞うなりしたほうがいいよ。それじゃ」

 店主を見送ったあとは二人で放心状態でした。従姉曰く、悪夢を見ることはなくなったそうです。ただ店主が言った“井戸”のことが気になって、旦那さんが戻ったときに新居を建てたメーカーに問い合わせたそうです。そのメーカーにご主人の知人がいて、前の建物の写真まで見せてもらえました。

 古井戸は青い芝生の下にあって、コンクリで蓋をされていました。井戸を仕舞うため神職を招くことになって、そこには僕も呼ばれて。業者がコンクリの蓋を開けると、その瞬間異臭が立ち込めました。何かが腐ったひどい臭い…忘れられません。でもその臭いは驚くほどすぐに消えてしまって、立ち会った人間はみんな狐につままれたような思いでした。

「あ…ああ…」

 従姉がへたり込みました。後で聞いたら、夢の中で嗅いだ臭いそのままだったそうです。家を建てた土地は、かつて養鶏場の敷地の一部だったことが分かって。祟りや怨念ではないにしても、命あるものは丁寧に弔わなければいけないんだな、と思いました。

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 彼はそんなことを一気に語り、ぬるくなったビールに口をすると「一人で話してすいません」と詫びた。「いやいや」そう言いながら、不思議なエスニック雑貨店について色々聞こうと好奇心が騒ぐのを感じた。今夜の勘定は僕が払う価値がありそうだ。

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